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ニッポンのDNAを呼び起こす。古き良き町家空間
町家と言えば京都、という印象が強いかもしれません。
かつては東海道随一の宿場町だった大津にも、
実は素敵な町家がたくさん残っています。
そのひとつ、<大津町家の宿 粋世(いなせ)>はかつて米穀商の店舗だった立派な建物をリノベーションした宿。
映画のセットのように当時の暮らしの空気感が残る、徹底した空間づくりの秘密とは?
はじめて訪れたのに、どこか懐かしい古き良き町家の宿を訪ねました。
全国でも珍しい、泊まれる有形文化財。
京阪電車・びわ湖浜大津駅より徒歩5分ほど。
かつては琵琶湖からの積み荷を上げる川口堀があったという通りに、
<大津町家の宿 粋世>はあります。
塗り壁の窓・虫籠窓(むしこまど)や、木格子のある外壁など、
町家建築を代表する佇まいで、周囲には豆・雑穀の商店が並び、
往時のにぎわいを想像させられます。
昭和8年に建築された建物は、元は米穀商「吉川商店」の店舗兼住宅だったもの。
設計事務所「湖北設計」の手により、現代にゲストハウスとして蘇りました。
平成30年3月に国の登録有形文化財に指定され、
文化財に泊まれる貴重な存在の宿です。
かつての町家暮らしの雰囲気を感じて。
赤い暖簾をくぐって中に入るとそこは歴史の世界。
玄関から奥に長く土間が続き、町家づくりを象徴する
「うなぎの寝床」と呼ばれるスタイル。
高い吹き抜けになった台所跡や坪庭もそのまま残されています。
大津百町独特の町家づくりの特徴もあるそうで、
石灰らを混ぜた土を何度も塗り込めた「大津壁」は
なんと建築当初からそのままのもので、85年前の形をとどめているのだとか!
表道路に面した壁にあるひときわ太く大きな梁は、
「人見梁(ひとみばり)」と呼ばれこれも大津町家ならではの特徴。
現代ではなかなかお目にかかれない、木材の巨大さに驚かされます。
湖を使った水運が盛んだったことから、
資材が手に入りやすかったためと言われています。
現代の建材はないのでは?と思わせるほど、
古い素材を上手く利用してリノベーションされているのは、
設計事務所が手掛けた宿だからこそ。
「古民家を保存したい」という思いを込めて、
古い建材を丁寧に加工して建具や柱、家具へと改修を行ったのだそうです。
例えば、歪みができたガラス扉。
現代の技術ではピシッと平坦に作ることができますが、
昔の技術で出来たものは逆にその歪みが美しく、
屈折して入る光に表情が生まれます。
精巧な掘り細工が施された大きな水屋箪笥は、
まるで芸術品のように存在感を放っています。
現代では作りたくても作り出せない古いモノたちをリスペクトし、
町家建築に美しく蘇らせた見事な空間。
まるで数十年前の町家家屋に滞在しているかのような、
豊かな暮らしのフレイバーを感じることができます。
客室は全5室で、全てタイプが異なる作り。
2Fの客室「晴嵐」は最大4名定員の二間続きのつくりで、
長期滞在して執筆する文豪の姿が想像できるような、
趣ある縁側が印象的な部屋です。
ほかはすべて2~4名定員のコンパクトタイプで、
畳敷きのコジーな和室、昭和レトロな洋室、風呂トイレありの離れ和洋室タイプなど、
しつらいはさまざまです。
客室はそれぞれが隣り合って配置されているものの、
「程よく人の存在を感じられて心地よい」というゲストの声も多いとか。
中庭や障子窓など、風通しや採光を意識して作られた町家建築のセオリーが
滞在する心地よさを作り出しています。
まちとゆるやかに繋がるために。
今回、施設を案内してくれたのは<大津町家の宿 粋世>マネージャーの奥村美紀さん。
チェックインの際にはゲストに町家建築の説明を行い、
希望があれば細かく解説をすることもあるというサービス精神たっぷりの方です。
「宿の滞在とともに大津百町まるごとの魅力を感じてほしい」と、
夕食は周辺の飲食店をおすすめしているのだそう。
近江牛が食べたい…、地酒が飲みたい…、郷土料理を味わうなら…。
ゲストの様々なリクエストを聞いて提案してくれるという、
言わば現地の友人に相談できるような会話にもほっこり。
気軽な居酒屋からラグジュアリーな会席和食店まで、
多くの引き出しを持つ奥村さんに、色々尋ねてみて。
また、不定期で行われる体験メニューもここの楽しみのひとつです。
本格的な茶道体験、書道体験など主に海外からの旅行者向けの文化体験をはじめとし、
大津百町の商店とのコラボ体験、
<千石鮓(せんごくずし)>の巻き寿司作りなども実施しています。
メインは外国人旅行者向けとなっておりますが、タイミングがあえばどなたでも参加ができるそうです。
※現在は体験メニューは開催を見送っています
よくある町家風の建築に留まらず、
古き良きものを出来るだけ再現して作られた空間には、
時代を経たからこその味わいが積み重なっています。
滞在するだけで、町家の暮らしと大津百町の歴史にふれられる、
そんな特別な体験が出来る宿です。